2019年11月17日日曜日

麻薬と罰の重さと社会の関係

 最近、「麻薬の使用に関して、もっと刑罰を軽くする必要がある。」という主張をTVなどで耳にする事がある。
 「大麻合法の国がある。」とか、「刑罰は、ボランティア活動など社会貢献活動で済んでいる。」という、外国での話を引き合いに出しての主張が多い。
 
 この機会に、刑罰と社会の関係を、もう一度考えてみたいと思う。

 刑罰の重さは、対象となる事象(犯罪)がどれだけ社会に根差しているか。という論点がある。
 例えば、禁酒法を考えてみるとわかりやすい。
 酒は、産業としても、娯楽としても、現在の日本社会に深く組み込まれている。健康への影響が取り沙汰されても、禁酒法は直ぐには実行出来ない。
 仮に実行したとしても、重罰には出来ない。おそらくは違反者が多数出てしまい、とても刑務所に収監しきれないだろう。このような状況で国が法制化するとしたら、刑罰を軽くして、違反者を簡単に許すしか選択肢はない。
 数が多くなれば、違反者はボランティア活動、という程度で許される事にも繋がるのだ。

 こう考えてみると、麻薬の刑罰が軽い国には、麻薬がはびこっている事に気が付く。
 麻薬がその国の社会に深く食い込み、生活の手段になり、国民の多くに使用が広まっている。その結果、重罰にしたくても出来ない、といったジレンマが生まれるのだ。
 
 勿論、刑罰の重さや、社会貢献活動の導入は、それだけが理由では無いが、今回は社会の状況との関係を考察している。 
 罰を軽くした結果、日本社会がどこへ向かうのかも知った上で議論して欲しいと思う。


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